「本当の高揚感」と「ウソの高揚感」

本当の仲間が気付かせてくれたこと

昨日は大学時代からの友人とご飯に行ってきました。焼き鳥。

友人Aは東京でアパレル系の会社で偉い人になってました。Aとは本当に不思議な縁で今までつながっています。いつも愛媛に帰ってきた時にはお店に顔を出してくれます。私が東京に出張に行った時には、偶然渋谷駅のエスカレーターですれ違ったり、同じ日に、品川で乗った電車の中で、Aの奥さんにばったり会ったり、やっぱり謎の縁を感じます。

彼は私の友人の中でも随一、メンタルが大人です。「優しさ」を擬人化したら彼になります。

高揚感の正体に、耳を傾ける事の重要性

私は性格上、色んな事にチャレンジするのが好きです。10個位チャレンジして、2個位が芽が出て、1個位が大きくなっていく感じです。

私は何かを見つけ、それにチャレンジしようとしている時、また実際に動き出した時、もの凄く高揚感に包まれます。生きてる!って言う感じがします。

しかし最近、この高揚感にも2種類ある事に気付きました。それは、

「本当の高揚感」と「ウソの高揚感」とがあると言う事

「本当の高揚感」と「ウソの高揚感」の見分け方

結論から言うと、本当の高揚感とは{その覚悟が自分に由来するもの}であり、ウソの高揚感とは{その覚悟が他人に由来するもの}であると言う事。

本当の高揚感とは、チャレンジしようとしている物事に対し、自分でそれをしたいと思い且つ、自分ひとりの力でも成し遂げるぞと言う可能性に賭けた時、その覚悟を決めた時に湧いてくる「よっしゃ、俺はやったるで!」と言う感情。

ウソの高揚感とは、チャレンジしようとしている物事に対し、自分でそれをしたいと思いつつも、その決断の過程の中で、他者の甘い誘惑や、心の奥の価値観のすり替え、違和感の放置、またそれを信じるほうが楽と言う惰性、集団から逸脱する事への恐れ。

その様な経緯の中で、なんとなく「これは良い感じに行きそう!」と言うのは、ウソの高揚感です。(自分の感覚で決断出来る人は、自分でこの違和感に必ず気付いているはずです。それに耳を傾けるかどうかは別ですが)

人間は迷う生き物。失敗することもある。でもその時に見えることがある。

もちろん、私も迷う時があるし、失敗する時もあります。お店を10年以上続けていると、本当に色んな面白イベントが巻き起こります。

でも、自分がもの凄く凹んだ時や、もの凄く悲しい時、立ち上がれないほどのダメージを受け心が折れた時、その時こそに周りにあるもの、近くにあるもの、自分の心の中にある感情を落ち着いて感じてみて、そしてそれを注意深く観察してみると良いです。

私の場合はその時に、このapartmentと言うお店があって、ここを大切に思ってくれるお客さんたちがいてくれて、自分の事を投げ出してでも私の為に必死に動いてくれる仲間がいて、どんな時も支えてくれる家族がいて。

そして、倒れてもみんなのお陰で何回も起き上がれる自分がいて。

「あれ?意外と自分はもの凄いものを沢山持っているんじゃないか?」

って気付いたんですね。

私は色んな経験を通じて、お店でお話出来るみんなの役に立てればなと思っています。もちろん、お洋服屋さんという事はちゃんとわきまえています。

でも、自分の経験を通して皆様と色んな会話をしているのも、apartmentだと思っています。

今日も”ありがとう”の気持ちでいっぱいです。

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